2012年4月29日日曜日

クラシック音楽の小窓


今年の1月14日に、リヒャルト・ヴァーグナー(Richard Wagner, 1813 - 1883)の楽劇「ラインの黄金」のミラノ・スカラ座(Teatro alla Scala)での上演録画を観たが、今日はその続編である「ヴァルキューレ」を観ることにした。

これも前回と同様、昨年の年末にNHK BSプレミアムで放映されていたのを録画したものだが、前回の「ラインの黄金」が2010年5月26日の公演の録画であったのに対し、今回の「ヴァルキューレ」は2010年12月7日の上演録画である。

お断りするまでもなく、「ラインの黄金」に比べて「ヴァルキューレ」は、1.5倍位の上演時間を要する。したがって、時間があって比較的に精神的な余裕がある時でないと、なかなか鑑賞できないのだ。

今日は特に精神的余裕があるわけではないが、今日を逃すと今度いつ観られるか判らないので、取り敢えず観られる時に観ておこうという気持ちで、昼からどっぷりとヴァーグナーの世界に浸っていた。演奏はダニエル・バレンボイム指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団で、演出はギー・カシアス(Guy Cassiers)である。この点は前回の「ラインの黄金」と同じである。


ケージの鳥が歌うのはなぜ批判は知っている

しかし、前回の「ラインの黄金」の続きだと思って観ていると、何となく違和感が湧いてきた。それが何に起因するのか考えてみると、まず今回の配役が「ラインの黄金」の場合とは違っていることが判った。この両作品に共通して登場するのは、ヴォータンとフリッカだが、二人とも前回と別の歌手が担当しているのだ。

そして、もう一つの要因は、「ラインの黄金」では多くのダンサーを舞台に登場させて、様々な事物を象徴的に彼らに担わせていたのに、「ヴァルキューレ」ではその手法が用いられていないことであった。したがって、演出家は同じでも、結果としてはかなり異なった印象を受けることになった。

舞台の背面を巨大なス クリーンにしてそこに画像を映し出すという方法は今回も採用されているが、多くのダンサーが登場しないことによって、全体的に静的で抽象的な演出になっているのだ。実際に劇場に足を運んでこの公演を観た人は、巨大な絵画の中で少人数の歌手によって劇が演じられているような印象を受けたに違いない。主な配役は以下の通りである。


"別の存在になることはありませんあなたは" "キャロリンは"を参照してください。

ジークムント : サイモン・オニール(Simon O'Neill, 1971 - )
フンディング : ジョン・トムリンソン(John Tomlinson
ヴォータン : ヴィタリー・コワリョフ(Vitalij Kowaljow
ジークリンデ : ヴァルトラウト・マイアー(Waltraud Meier
フリッカ : エカテリーナ・グバノヴァ(Ekaterina Gubanova
ブリュンヒルデ : ニナ・シュテンメ(Nina Stemme

上記の配役をご覧になればお解りのように、歌手たちの出身国は様々であるが、フンディング役のトムリンソンの他は、1960年代〜1970年代生まれの歌手が多く起用されている。因みに左上の写真は、ヴォータンとブリュンヒルデである。

そもそも「ヴァルキューレ」の第一幕は、長い間生き別れになっていた双子の兄妹の近親相姦がテーマとなっている。しかも二人が再会するまでの間にジークムントは、様々な辛酸を嘗めて来た。それ故彼は、暗い影を引き摺りながら登場し、自らを「苦痛を守る者(Wehwalt)」と名乗るのである。したがって、ジークムント役の歌手は、容姿もさることながら、声にも暗い影が付き纏っていなければならない。


誰がfrankinsteinを書いた?

その点で、今回ジークムントを演じているオニールは、歌唱力は秀でていても、ジークムントの持つ暗さを表現し切れていないように思う。私が今までに観た上演の中では、シェロー&ブーレーズ盤のペーター・ホフマン(Peter Hofmann, 1944 - 2010)の印象が最も強く、未だに彼を上回るジークムントには出会っていない。

また、この楽劇の中で重要な役割を担うブリュンヒルデも、今回のシュテンメでは私のイメージにそぐわない。確かにシュテンメの歌唱はしっかりとしておりドラマティックな要素を満たしているが、映像で観る限り、私が今まで抱いてきたブリュンヒルデのイメージとは異なる。

なお、それに関連して言えば、今回の舞台ではヴァルキューレたちは鎧や兜を身に着けているようには見えず、有名な「ヴァルキューレの騎行」の場面でも、音楽は迫力をもって威勢よく響いているのに、舞台上の彼女たちからは、軍馬に乗って空中を飛び交うような勇姿を感じ取ることができない。

ブリュンヒルデはヴォータンに見つかる前から既に武装解除して いるように見えるので、これに続く「ジークフリート」で鎧兜を着けていないブリュンヒルデを目覚めさるジークフリートは、その前からブリュンヒルデが女性だと分かってしまうのではないだろうか。


主役ではないが、フリッカやフンディングは存在感をもってそれぞれの役どころをこなしており、ヴォータンも「ラインの黄金」の時のルネ・パーペよりも屈折した心情の表現に長けていて重圧感がある。

前回の「ラインの黄金」に登場した多数のダンサーたちが登場しないのは、彼らの動きが何となく不気味で観客の不興を買ったからかも知れない。しかし、そういうものを排除して静的で抽象的な演出にしてしまうと、ヴィーラント・ヴァーグナーが第二次世界大戦後にナチス色を一掃するために採用した「新バイロイト(Neuen Bayreuth)様式」に近付いてしまいそうなので、充分な配慮をもって、真に現代人の心に訴え掛ける演出を目指してもらいたいと私は思うのである。



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